何かショックなことが起きたとき、その出来事を受け止めきれず、精神的な障害を患ってしまう人と同じようなショックを受けても、そのような精神的な障害を患わない人、2人の間にある”差”は何でしょう?
学校でイヤな出来事に遭遇してしまったときに、不登校になってしまう生徒とそれを乗り越える生徒、2人の間にはどんな差があるのでしょうか?
この2人の差として注目されているのが「レジリエンス」です。
レジリエンスとは、さまざまな定義がされていますが、そのなかで個人的に一番しっくりくるものは、以下のものです。
「困難な出来事を克服し、その経験を自己の成長の糧として受け入れる状態を導く特性(Grotberg, 2003)」
つまり、レジリエンスとは、自分にとってショックな出来事や暴力、災害などが起きたとき、それを自分の成長の糧として受け入れ、そこから回復する心の弾力性のことを言います。
この力は、今後ご自身のお子さんが厳しい社会の中を生き抜いてくために必要不可欠な力です。
「でも、どうやって身につければいいの?」
という疑問が湧いてくるとお思います。
近年の研究で、レジリエンスを身につける一つの要素として、「演劇」が効果的であることがわかってきました。
そこで、今回は、レジリエンスと演劇の関係や日常生活の活かし方について、研究・調査を踏まえてわかりやすく解説していきます。
目次
【そもそもレジリエンスって?】
困難な状況からグンと回復する力
レジリエンスとは、先程もお伝えしたように
「困難な出来事を克服し、その経験を自己の成長の糧として受け入れる状態を導く特性(Grotberg, 2003)」
「困難な状況や心理的状態に陥っても、重篤(じゅうとく)な精神病理的な状態ならない。あるいは個人の心理面の弾力性(石毛ら, 2003)」
とされています。
つまり、自分にとってショックな出来事にぶち当たっても、その出来事に潰されることなく、むしろそれを糧として回復する”心の弾力性”に近いです。
そして、この「レジリエンス」は以下の3つで構成されています。
①新奇性追求
②感情調整
③肯定的な未来志向
(小塩ら, 2002)
レジリエンスを分解すると、上記の3つに分類できます。
逆に、上記の3つをしっかりと身につけていれば、その人はレジリエンスを持っている可能性が高いです。
では、それぞれの3つの要素について、わかりやすく・簡単に解説していきます。
①新奇性追求
「新奇性追求」は、興味関心の多様さのことです。
この新奇性追求をもつことで、新たな活動を生み出し、深刻な出来事から前へ進み出す一歩につながります。
②感情調整
「感情調整」は、名前からもわかるように、感情が混乱したり、乱れたときに、それをコントロールする力です。
感情の混乱を収めることで、回復への一歩を早めることができます。
③肯定的な未来志向
「肯定的な未来志向」は、将来の夢や目標をもち、将来の計画を立てる力のことです。
そうすることで、不安や脅威をもたらす状況でも先を見通し、前向きな展望を持ち続けることができ、精神的な回復をもたらすことができます。
【演劇でレジリエンスが身につく?】
演劇とレジリエンスの関係を示す研究
「強い子に育ってほしい…!」
「イヤなことがあっても乗り越えられる人間になってほしい!」
このように思うのであれば、レジリエンスはぜひ身につけてもらいたい力ですよね。
ただ、
「具体的にどんな体験・経験をさせればいいのか」
という疑問に頭を悩ます方も多いと思います。
そのような方々にご紹介したいのが、今回の「演劇とレジリエンスの関係」についての研究です。
また、今回注目すべきは「不登校経験のある生徒」を対象に含めていることです。
なぜ、不登校経験のある生徒を対象に含めているかというと、先程ご紹介した「新奇性追求」「感情調整」「肯定的な未来志向」の3つの特徴が欠けていると考えられるからです。
そこで、これらの点も踏まえて、この研究についてポイントや要点をご紹介します。
【対象】K高校の656名の生徒を調査
この研究では、K高校の生徒656名(平均年齢16.7歳)を調査しました。
K高校は、不登校経験のある生徒が半数程度通っている高校であり、出席などに自由度をもたせた柔軟なカリキュラムを組んでいます。
また、全部で5つのコース(※)がありますが、そのなかで今回の調査の的となったが「パフォーマンスコース」です。
※「パフォーマンス」「総合進学」「福祉心理・ペット・国際」「オンリーワン・フレックス」「在宅」の全5つのコース
パフォーマンコースの総授業数は1044時間となっており、そのうちの794時間は俳優や舞台演出の経験者など活動別のプロが講師となり、芝居やダンスなどの演劇をおこなっています。
またパフォーマンスコースでは、大小あわせて、年15回程度の公演があります。
今回の研究の目的と調査方法
今回は、
「不登校経験のある生徒のパフォーマンス活動がレジリエンスに対してどのような影響を及ぼすのか」
を検討することを目的として行われました。
また、対象となる生徒には、以下のような質問をアンケートで聞き、「新奇性追求」「感情調整 」「肯定的な未来志向」の得点を算出して、コース別や不登校経験のありなしで比較しました。
ちなみに、実際に使用されたアンケートは以下の通りです。
付表1 精神的回復力尺度(小塩ら,2002)
新奇性追求
1.色々なことにチャレンジするのが好きだ
2.新しいことや珍しいことが好きだ
3.ものごとに対する興味や関心が強い方だ
4.私は色々なことを知りたいと思う
5.困難があっても,それは人生にとって価値のあるものだと思う
6.慣れないことをするのは好きではない(*)
7.新しいことをやり始めるのはめんどうだ(*)
感情調整
1.自分の感情をコントロールできる方だ
2.動揺しても,自分を落ち着かせることができる
3.いつも冷静でいられるようこころがけている
4.ねばり強い人間だと思う
5.気分転換がうまくできない方だ(*)
6.つらい出来事があると耐えられない(*)
7.その日の気分によって行動が左右されやすい(*)
8.あきっぽい方だと思う(*)
9.怒りを感じるとおさえられなくなる(*)
肯定的な未来志向
1.自分の未来にはきっといいことがあると思う
2.将来の見通しは明るいと思う
3.自分の将来に希望をもっている
4.自分には将来の目標がある
5.自分の目標のために努力している
*は逆転項目
【引用元】『不登校経験のある高校生のレジリエンスに対するパフォーマンス活動の効果と学校適応への影響──K 高校パフォーマンスコースの実践から──』(大橋節子)
今回の調査の結果と考察
今回の調査を通じて、パフォーマンスコースの生徒さんは、他のコースの生徒に比べて、「新奇性追求」「肯定的な未来志向」の2つの得点が高いことがわかりました。
つまり、不登校経験のあるなしに関係なく、パフォーマンスコースの生徒は、新しいこと興味関心をもったり、色々なことにチャレンジする傾向が高いことがわかりました。
また、自分の未来に対して明るく考えていたり、将来に希望をもっている傾向が高いこともわかりました。
この理由としては、パフォーマンスコースでは、演劇を通して、今までにないプログラムを経験したり、失敗してもやり直しができるため、興味関心が広がることが考えられています。
また、定期的に公演があることで、次の公演に向けて新たに目標を掲げ、その実現のために計画を立てる力が養われるとされました。
他にも、パフォーマンスの生徒さんは年次が上がるごとに出席率が高くなり、その変動も少ないことがわかっています。
演劇は「誰一人欠けてはならない」ため、遅刻や欠席をしにくくなるとともに、練習などを通して交流する機会が多いため、生徒同士がお互いに助言したり、サポートしたりする環境ができているからといえます。
また、生徒たちは、「役」や音響、照明など、それぞれ役割が与えられるため、自分の存在維持であったり、自尊心の育成にもつながります。
ここまでをまとめると、演劇を通して、子どもたちはレジリエンスに必要な「新奇性追求」「肯定的な未来志向」にプラスの影響をもたらすことがわかりました。
その他の研究
レジリエンスと演劇の関係について示す研究は他にもあります。
心理学者のE・グレン・シェレンベルクがおこなった6歳の子どもを対象にした実験(*)があります。
この実験の結果、演劇を習わせた子ども達は、顕著に社会適応力がアップしていることがわかりました。
ちなみに、社会適応力には、人の気持ちを理解して合わせたり、コミュニケーションをとったりする能力などが含まれています。
そのため、これらの研究を踏まえると、レジリエンスだけでなく、コミュニケーション能力などの社会適応力にもプラスの効果をもたらすことが考えられます。
【子どもの◯◯は大事!】
ヒーローごっこやおままごとなど大切。
今回までの話を踏まえて、舞台やミュージカルなどを習わせることはひとつの選択肢として良いと思います。
でも、演劇まではいかなくても、ヒーローごっこやおままごとなども、その役になりきって、一緒に遊んでいるお友達のことを思いやったり、大切な能力を育んでいる可能性はあります。
そのため、小さいお子さんは、ごっこ遊びやおままごとなどはぜひやらせてみることをおすすめします。
【さいごに】
レジリエンスは生きる上でとても大切!
レジリエンスは、生きる上でとても大切です。
ただ、簡単に身につけることはできません。
ですが、演劇は、そのレジリエンスを身につける上で効果的な一つの方法である可能性が高いです。
そのため、
「強い子どもになってほしい!」
「困難に打ち勝てる子どもになってほしい!」
と思っている親御さんはぜひ参考にしてみてくださいね!
【参考文献 / Reference】
『不登校経験のある高校生のレジリエンスに対するパフォーマンス活動の効果と学校適応への影響──K 高校パフォーマンスコースの実践から──』(大橋節子)
*Long-Term Positive Associations Between Music Lessons and IQ(E. Glenn Schellenberg)