「自分の子は優秀になってほしい…」
子どもの教育に関心がある方であれば、このようなことを思っているのは当然です。
こんな言葉があります。
「人間は自分の持っている能力をほとんど使わずに暮らしている。さまざまな潜在能力があるにもかかわらず、ことごとく生かされていない。自分の能力の限界にも挑戦することもなく、適当なところで満足してしまう。」
(ハーバード大学教授 ウィリアム・ジェイムズ)
子どもは、それぞれ色々な才能をもって生まれてきます。
そして、その才能を見事に開花させることで、将来さまざまな分野で活躍できるようになります。
でも、才能があっても、一生開花しないまま社会のシステムに組み込まれてしまう子どももたくさんいます。
なぜでしょうか?
みなさんのお子さんも、他の子どもにはない「才能」を秘めているはずです。
でも、「才能」があるのと、「成功」できるかはまったく別問題です。
※この場合の「成功」の定義はさまざまですが、ここではやりがいを感じられる仕事をし、経済的に自立している状態を指すことにします。
では、どうすれば子どもが秘めている能力を最大限引き出すことができるのでしょうか?
そのポイントは、主に2つです。
ひとつは、その子どもが関わるヒトやモノなど、いわゆる「環境」と言われるものです。
「環境」はときに「幸運」とも言われます。
どんな環境に生まれるか、どんなヒトに出会うことができるかは、その子どもだけの力ではどうにもできないからです。
そして、ふたつめは「やり抜く力(グリット)」と呼ばれる力です。
みなさんのお子さんの「本当の力」を最大限発揮させるためには、「グリット」は欠かせないと考えられます。
そこで、今回は、この「グリット」について、現時点までの研究でわかっていることをお伝えしていきます。
目次
やり抜く力(グリット)とは?
グリット、それは「やり抜く力」と言われます。
グリット研究の第一人者は、アメリカのペンシルベニア大学心理学教授のアンジェラ・ダックワース氏です。
また、グリットは「継続力(粘り強さ)」とはすこし違います。
継続力は「同じことを続けられる力」です。
でも、グリットは、以下のように表すことができます。
グリット=「継続力(粘り強さ)」×「情熱」
つまり、継続力だけではなく「(つらくても)好きだ!」という情熱が掛け合わさったものが「グリット」と呼ばれるチカラと言われています。
従来からIQや学力など目に見えるチカラである「認知スキル」は重視されてきました。
みなさんもお子さんのテストの点数や成績は気になると思います。
ただ、近年、ノーベル賞を受賞したヘックマン氏の研究によって、主体性や継続力、協調性など目に見えないチカラである「非認知スキル」も関心を集めています。
そして、非認知スキルのなかでも、特に注目されているのが、「やり抜く力(GRIT-グリット-)」なのです。
グリットは各分野で活躍する人に共通するチカラ
ビジネスマンやアーティスト、アスリートなど各分野で活躍するために求められるチカラはそれぞれです。
たとえば、各分野の一流にインタビューすると、
アーティストであれば、「創造する意欲」
アスリートであれば、「勝利のスリル」
などが、必要なチカラだという回答が返ってきます。
(参考:『GRIT』アンジェラ・ダックワース(著))
でも、それだけではなかったのです。
各分野で活躍する一流の人には共通して「グリット」が見られたのです。
もちろん、それぞれの分野の成功者には、「才能」や「環境(幸運)」も備わっていました。
でも、それだけでは不十分なのです。
「才能」や「環境」だけでは、子どものチカラを最大限引き出すことがむずかしいのです。
グリットの重要性を示す研究
アンジェラ氏のいくつかの研究から、グリットの重要性が近年増してきています。
ここでは、グリットの重要性を示すいくつかの研究をご紹介します。
米国陸軍士官学校での研究
米国陸軍士官学校はアメリカの超エリートのみが入学できる学校です。
アメリカ内でトップレベルの学力、体力が求められ、かつ政治家や副大統領の推薦がなければ入学できないほどとのことです。
そして、この学校では、入学後すぐに「ビースト・バラックス(獣舎)」と呼ばれる7週間の厳しい訓練があります。
アンジェラ氏は、この「ビースト」を最後までできる士官候補生と途中で脱落してしまう士官候補生のちがいを調べる研究をおこないました。
この研究の結果、ビーストを乗り越えられた士官候補生と途中で脱落してしまう士官候補生の決定的な違いは、学校の成績ではなくグリットのスコア(※)にありました。
※グリットスコアは、アンジェラ氏が作成した「グリットスケール」というテストから算出されたものです。
つまり、厳しい訓練を乗り越えられた士官候補生は、脱落した士官候補生より、グリットスコアが高かったのです。
リゾート会員権販売会社での研究
あるリゾート会員権販売会社の営業職の男女にも「グリットスケール」を含むアンケート形式の性格テストを用いて調査をしました。
半年後、その企業を訪ねると、すでに営業職の55%の人がやめていたとのことです。
そこで、性格テストをもとに「やめた人」と「続けた人」を分析した結果、グリットスコアが高かった人はやめずに残っており、低かった人はやめていたことがわかりました。
また、「外向性」「情緒の安定」「誠実性」など、性格テストで調査したそのほかの特徴は、いずれも「やり抜く力」ほど的確な判断材料にはならなかったとの報告がありました。
シカゴの公立学校での研究
シカゴの公立学校でも、卒業する生徒と中退する生徒の違いを明らかにするために、グリットスケールを用いた研究をおこないました。
その結果、卒業した生徒のほうがグリットスコアが高いとの研究結果が出たそうです。
もちろん、これらの研究から「グリットが100%必要だ」とは言えませんが、重要であることはおわかりいただけると思います。
才能があるから「やり抜く力」があるわけではない
アメリカの将来のエリートが集まるアイビーリーグの学生を対象におこなった実験では、SAT(大学進学のための適性試験)が高い学生は他の学生に比べて「やり抜く力」が弱いことがわかっています。
そのため、「才能」があるからといって、「グリット」があるわけではないことがわかります。
つまり、才能があっても、それを最大限活かせるかは別問題なのです。
成功するためには才能やスキルだけでは足りない!
アンジェラ氏は、ある理論を打ち立てています。
それは、以下の2つです。
「才能」×「努力」=「スキル」
「スキル」×「努力」=「達成」
ここでの「努力」は、まさに「グリット」にあたります。
もちろん、その子どもがどんな人や環境に恵まれるかということも重要です。
でも、ここで伝えたいのは、子どもが将来活躍して成功するためには、2回にわたって、「グリット(努力)」が必要になるということです。
まずは、才能を磨いて、「スキル」にするために、力が必要です。
そして、今度はその「スキル」をつかって努力することで、はじめて「達成」ができるのです。
ここからも、グリットの重要性がわかると思います。
グリットは遺伝の影響も少なからず受ける
グリットは遺伝の影響も少なからず受けます。
一卵性双生児(DNAが同じ双子)を対象におこなった実験では、遺伝する確率は以下のように報告されています。
「粘り強さ」の項目:37%
「情熱」の項目:20%
この結果は、ほかの性格的な特徴(「外向性」など)とほぼ同じくらいと言えます。
そのため、遺伝するということは事実ですが、親など先生など周囲の環境によって変わってくるのも事実です。
そのため、子どもに周囲の人がどんな関わり方をするかも大きく影響するといえます。
グリットと周囲の環境の関係
グリットを育むうえでは、周囲のモノ・ヒトの環境も大切だと言われています。
特に、親や教師、コーチや仲間などの励ましや応援があると、グリットを育みやすいです。
その理由は主に2つです。
ひとつめは、ある物事に興味を持ち続けるには、その子どもに刺激や興味を惹く情報を与える存在が必要だからです。
子どもが興味をもったことに対して、次の道筋を示したり、あらたな発見ができるようにサポートしてあげることで、子どもはどんどん熱中することができます。
ふたつめは、モチベーションUPにつながるフィードバックを与えることで、子どもはうれしくなり、自信が湧くからです。
子どもががんばったことや工夫したことに対してプラスな対応をしていることで、子どもは興味をもっと引き出し、もっとがんばろうとします。
そのため、グリットを子どもに身につけさせるためには周囲のサポートが必要不可欠なのです。
では、ここからは、子どもにグリットを身につけさせる方法を少しずつ見ていきましょう。
グリットを身につけるには「賢明な育て方」が重要
アンジェラ氏は各分野で活躍する人物の両親にインタビューしていくうちに、子育てに関してひとつの結論を打ち出しました。
それは、「賢明な育て方」です。
とはいってもイメージしづらいと思います。
カンタンに言うと、
「子どもに厳しい要求をしながらも、その支援は最大限おこなう子育て」
です。
子育てに関しては、主に4つのパターンがあります。
上記の図で「賢明な子育て」の部分を目指していくことがグリットを身につけていくうえで重要になってきます。
「子どもに厳しい要求をしながらも、支援を惜しまない育て方」が有効であることを示す科学的根拠はすでに十分あると言われています。
実際、過去40年間で入念な計画のもと次々の研究がおこなわれており、賢明な親の家庭で育った子どもたちはさまざまな面で優れています。
たとえば、スタインバーグのある研究では、約1万名のアメリカのティーンエイジャーたちが、親の行動に関するアンケート調査に回答しました。
その結果、性別、民族性、社会的地位、婚姻区分にかかわらず、「温かくも厳しく子どもの自主性を尊重する親」をもつ子どもたちは、ほかの子どもたちよりも以下の点で優れていました。
●学校の成績がよい
●自主性がつよい
●不安やうつ病になる確率が低い
●非行に走る確率が低い
さらに、この研究が実施されたほかの国々でも、子どもの発達段階に関係なく、同じような結果が得られています。
横断調査の結果は、そのような子育ての効果は10年以上におよぶことを示しています。
では、具体的にどのように子どもと関わっていけばよいのでしょうか?
もっと詳しく見ていきましょう!
最初から厳しくすると子どもが「興味」を失う…
グリットを子どもに身につけさせたいからといって、以下の対応をするのは発達上よくありません。
・厳しい態度をとる
・なんでも力任せに続けさせる
・子どもをよく観察しないで判断する
・最初から完ぺきを求める
・できないことに対して怒る
グリットを身につけるためにも、まずは子どもが何かに対して「興味」をもつことが必要になります。
そのため、最初から厳しくしたり、完ぺきを求めてはいけません。
たとえばサッカーを始めたばかりなのに、
「なんでリフティング10回もできないんだ」
「なんであの子より先に入ったのにお前のほうが下手なんだ」
と言ってはいけないということです。
アメリカ合衆国の教育心理学者のベンジャミン・サミュエル・ブルームは以下のようなことを言っています。
「初心者はまだ本腰を入れて取り組むべきか、やめるべきか決めかねている」
そのため、
「やさしくて、面倒見の良い指導者(メンター)が必要だ。」
つまり、まだまだ幼い子どもに極端に厳しい接し方はよくないということです。
最初の学びは子どもが楽しく、満足感の得られるものにすることが大切です。
入門の基本的なところは、ほとんど「遊び」を通して学ぶことが大切です。
イメージとしては、「学び」というより「ゲーム」です。
そのため、こちらから指示するだけでなく、子どもがやりたいことをやる「自主性」もしっかりと尊重してあげましょう。
また、威圧的な両親や教師は、子どものやる気を損なうことがあるので注意が必要です。
自由を与えるのと同時に「限度」を示す
子どもの自主性を尊重することは大切です。
でも、それは「子どもに好きなようにさせる」という意味ではありません。
グリットを身につける上では、「限度」を示すことも大切です。
「やってよいこととダメなことはしっかりと区別させる」
「本人にとって必要なことは無理にでもやらせる」
これらのことは子どもを育てるためには必要です。
たとえば、習い事を子どもが「やめたい」と言っても、すぐにやめさせるのはよっぽどの理由がない限りはおすすめしません。
その場合は、子どもがやめたい理由をしっかりと聞いてあげましょう。
そして、ただ「イヤだから」という理由なら、しっかりと期限やキリがよいところまで決めて、そこまではやり抜かせるようにしましょう。
たとえば水泳教室であれば、クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライがしっかりできるようになるで、など、目標を立てて、それを達成したらやめさせるようにしましょう。
「どれくらい努力させるか」
「いつやめるか」
などは、子どもだけに任せるのではなく、しっかりと親も考える必要があります。
グリットを伸ばすための子どもの「ほめ方」
子どもの「ほめ方」もグリットを身につけさせるうえで、とても大切になってきます。
もっといってしまえば、ほめ方が子どもの人生を左右する可能性もあります。
そこで、まずは、子どもが何か達成したときの「ほめ方」について、具体例をご紹介します。
そのため、ぜひ、参考にしてみてください。
「成長思考」「やり抜く力」を伸ばす表現 | 「成長思考」「やり抜く力」を伸ばす表現 |
「才能があるね!すばらしい!」 | 「よくがんばったね!すばらしい」 |
「まあ挑戦しただけえらいよ!」 | 「今回はうまくいかなかったね。一緒に今回の方法を見直して、どうやったらうまくいくか考えてみよう!」 |
「よくできたね!君はすごい才能をもっている。」 | 「よくできたね!もう少しうまくできたかもしれないと思うところはある?」 |
「これはむずかしいね。できなくても気しなくていいいよ。」 | 「これはむずかしいね。すぐにできなくても気にしなくていいよ。」 |
「これは君には向いていないのかもしれません。でもいいじゃないか。君には他にできることがあるよ。」 | 「もうちょっとがんばってみようか。いっしょにがんばれば必ずできるから。」 |
小さな成功体験を子ども時代に積み重ねることが大切
子どものほめ方について見てきましたが、いくら両親が、
「おまえなら大丈夫だ!絶対できる!」
と言っても、子どもの実感や経験がともわなければ意味がありません。
つまり、子ども自身が困難にぶつかったときに「自分の力で乗り越えられるんだ!」という思えるようにならなければ、グリットを身につけることはむずかしいのです。
そこで、大切になるのが、子ども時代に「いかに成功体験を積み重ねたか」ということです。
成功体験といっても、大きい成功である必要はありません。
たとえば、
・一輪車が乗れるようになった。
・鉄棒の逆上がりができるようなった。
であったり、もう少し求めるなら、
・ピアノコンクールで入賞した
・大会で優勝できた
などがあるとよいでしょう。
ここで、大事なのは、周囲のサポートがありながらも、子どもが「やればできるんだ!」という実感をもてるようになることです。
「失敗したり、うまくいかなかったりしても、そこですぐにやめないで、もう少し努力して続けてみることでできるようになる」という経験を積めるかが大切です。
「賢明な子育て」チェックリスト
これはアンジェラ氏の『GRIT』にあった「賢明な子育て」チェックリストです。
小学生のお子さんなどにぜひ一度アンケートをとってみると良いかもしれませんね!
※当てはまるほうがよい→◯
※当てはまったら良くない→✕
《寛容ー温かい》
◯困ったときは親を頼りにできる。
◯親は私との会話の時間をつくってくれる。
◯私は親と一緒に楽しいことをして過ごす。
◯親は私の悩み事を聞いてくれた。
✕私ががんばっても、親はほとんどほめてくれない。
《寛容ー子どもの自主性を尊重》
◯親は、子供にも自分の意見をもつ権利があると信じている。
✕親は、自分たちの言うことが正しく、子供はそれに従うべきだと思っている。
◯親は私のプライバシーを尊重してくれる
◯親は私にたくさんの自由を与えてくれる
✕私がなにをしてよいかは、ほとんど親が決める
《厳格》
◯親は私に家族のルールに従うことを求めている。
✕親は私が悪いことをしても叱らない。
◯親は「こうすればもっとよくできるはずだ」という方法を指摘する。
✕まちがったことをしても、親からバツを与えられることはない。
◯親は、たとえ大変なときでも、私がベストを尽くすのを期待していない。
さいごに
ここまで、グリットについて、その重要性や教育の仕方について見てきました。
まだまだグリットについて明らかになっていないことはあります。
でも、子どもがグリットを身につけられるかは、両親の関わり方も含めた「環境」が大切になってきます。
また、子どもは親を真似します。
そのため、両親の言葉と行動に矛盾があってもいけません。
グリットは、生きていくための土台となる力です。
そのため、しっかりと子どものころからその素地を育てていきましょう。